三つの日本庭園は、それぞれ雪月花を鑑賞する代表的な大名庭園として、日本三名園あるいは日本三大庭園と呼ばれる。
ただし、その由来や選定基準は明確でない。いずれも江戸時代につくられた広大な大名庭園が選ばれている点で、日本庭園すべてを考慮したものといえないことも指摘されている
兼六園(石川県金沢市)
後楽園(岡山県岡山市)
偕楽園(茨城県水戸市)
著名庭園
日本の特別名勝一覧・名勝も参照のこと。
中世
毛越寺 (岩手県平泉町)
光前寺 (長野県駒ヶ根市)
西芳寺(苔寺) (京都市西京区)
龍安寺 方丈石庭 (京都市右京区)
天龍寺 曹源池庭園 (京都市右京区)
大徳寺 大仙院 (京都市北区)
大徳寺 龍源院方丈庭園 (京都市北区)
妙心寺 退蔵院 (京都市右京区)
鹿苑寺 (金閣寺) (京都市北区)
慈照寺 (銀閣寺) (京都市左京区)
マンモ チンク クンツ きうい ゆうばり イタリティ スペーサー パーラー デモリ スカス タブレット リターン シーシー レーター ロマンス ゲストハ トレー ハンガリー シャツト スペシャル ゼロ クランド オービ ミオーダー ヒュウ ドロー ディガン ほわい レッド ニュー キュラー つきだて 大化の改新 きくもん ブマリン トルコ サーキッ ローカル フォア ケヤキ フェイス ビッグ トリロジー キット 森の小人 レジン パンタロン リクル ストーリ デージ
本法寺 巴の庭 (京都市上京区)
旧大乗院庭園 (奈良県奈良市)
太山寺 安養院庭園 (兵庫県神戸市西区)
粉河寺 庭園 (和歌山県紀の川市)
竹林寺 庭園 (高知県高知市)
近世
玉泉園 庭園(石川県金沢市)
養浩館庭園(福井県福井市)
西福寺 庭園(福井県敦賀市)
大通寺 含山軒庭園、蘭亭庭園 (滋賀県長浜市)
玄宮園(滋賀県彦根市)
青岸寺 庭園(滋賀県米原市)
桂離宮 (京都市西京区)
修学院離宮 (京都市左京区)
醍醐寺 三宝院 (京都市伏見区)
西本願寺 書院 (京都市下京区)
二条城 二の丸御殿庭園 (京都市中京区)
南禅寺 方丈 (京都市左京区)
南禅寺 金地院 (京都市左京区)
大徳寺 方丈 (京都市北区)
詩仙堂 (京都市左京区)
円通寺 (京都市左京区)
松花堂 庭園(京都府八幡市)
根来寺 庭園(和歌山県岩出市)
和歌山城西之丸庭園(紅葉渓庭園) (和歌山県和歌山市)
養翠園 (和歌山県和歌山市)
徳島城 旧徳島城表御殿庭園 (千秋閣庭園) (徳島県徳島市)
慶雲館庭園 (滋賀県長浜市) - 七代目・小川治兵衛(植治)作
無鄰庵 (京都市左京区) - 七代目・小川治兵衛(植治)作
平安神宮神苑 (京都市左京区) - 七代目・小川治兵衛(植治)作
円山公園 (京都市東山区) ― 七代目・小川治兵衛(植治)作
碧雲荘 (京都市左京区) ― 七代目・小川治兵衛(植治)作。非公開
万博記念公園日本庭園 (大阪府吹田市)
慶沢園 (大阪市天王寺区) - 七代目・小川治兵衛(植治)作
楽々荘庭園 (京都府亀岡市) - 七代目・小川治兵衛(植治)作
依水園 (奈良県奈良市) - 裏千家十二世又妙斎作
東福寺 方丈(京都市東山区) - 重森三玲作
松尾大社 松風苑(京都市西京区) - 重森三玲作
大徳寺 龍源院東滴壺 (京都市北区) - 鍋島岳生遺作
相楽園 (兵庫県神戸市中央区) - 国登録記念物の最初の登録物件
温山荘園 (和歌山県海南市) - 潮入式池泉回遊庭園、個人庭園として造られたものとしては日本最大
等々力渓谷公園内日本庭園(東京都世田谷区野毛) -飯田十基作
足立美術館 (島根県安来市) - アメリカの専門誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』の「優れた日本の庭園ランキング」で2003年以降、毎年グランプリを獲得
19世紀後半、欧米圏ではジャポニズムの流行とともに、庭石・太鼓橋・灯篭・茶室などを配した日本風の風景式庭園がつくられるようになった。現地の作庭家が日本をイメージして奔放に制作したものもあれば、日本から職人を招いて制作したものもあるが、いずれも「日本庭園」(Japanese Garden)と称される。
1867年のパリ万国博覧会は日本(江戸幕府・薩摩藩・佐賀藩)が初参加した万博であったが、このときに日本庭園が制作されて以来、欧米で開催された万博において日本庭園は日本の出展物の目玉の一つであった。ヨーロッパでは貴族や富豪が日本風庭園を作るようになり、北米大陸でも公園の一角に日本風庭園や茶亭が制作されるようになった。この時期、ヨーロッパで活動した日本人庭師に畑和助ら、北米で活動した日本人庭師に岸田伊三郎らがいる。
お雇い外国人として来日していたイギリス人建築家ジョサイア・コンドルは、1893年に『日本庭園入門』(Landscape gardening in Japan)をケリー・アンド・ウォルシュ社から出版した。日本庭園の沿革から構成方法いたるまでを小川一真の撮影による写真を多く用いて視覚的にもわかりやすくまとめたもので、コンドルは、日本の庭園造形は周囲の自然風景の特徴ある部分を選び出してレ・プレゼントしたものである、と説明している。この本はイギリスのほか上海やシンガポールでも販売され、児玉実英によると、当時この本を参考にアメリカなど海外で日本庭園が実際に造られたとされる。第二次世界大戦後はアメリカで復刻され、現在でも講談社インターナショナルで復刻版が刊行されている。
また、戦前の日本造園学会や日本庭園協会、日本造園士会の設立などにも井下清らとともに重要な役割を果たす松居松之助は造園史の研究と教育の傍らで庭園に関する多くの著作を英訳し、海外への紹介につとめている。第二次世界大戦後は、姉妹都市間の交流の一環などとして新たに日本人作庭家の設計による日本庭園も作られていく。またアメリカ合衆国では、日本庭園愛好者のための専門誌も発行されている。